高田洋史 (タカダヒロシ)

評価なし

(50) 男性

対応エリア
神奈川県(川崎・横浜)
目的
  • とにかく痩せたい
  • カラダのメンテナンス・体型矯正
  • 健康維持
タイプ
  • フレンドリー・コミュニケーション力高め
  • 初心者向け・親切丁寧
  • マニアック・知識多め

マイトレコメント

実体験に基づいてサポートしてくれる高田先生。 知識だけでなく、自分で試して実感したものでしかサービス提供をしないので、安心して正しいトレーニングを受けることができます。 長年の経験と常にブラシュアップを欠かさない熱心な先生です。

レビュー

コース

マンツーマン
(1名で)

ご自宅出張指導/1回

コース写真

60 分 1名 10,000 円(税抜)

人前では恥ずかしい、軽い運動で良いという初心者のお客様向け。ご自宅まで運動ツールをお持ちいたします。 (横浜・桜木町駅、徒歩5分圏のみ)

持ち物

フィットネスウェア、シューズ、タオル、ドリンク

複数回一括 
マンツーマン(1名で)

初心者サポート/3回

コース写真

1名 25,000円(税抜)/3回

各回 60 分

3回分 最大有効期間1日

人前では恥ずかしい、軽い運動で良いという初心者のお客様向け。ご自宅まで運動ツールをお持ちいたします。 (横浜・桜木町駅、徒歩5分圏のみ)

持ち物

フィットネスウェア、シューズ、タオル、ドリンク

複数回一括 
マンツーマン(1名で)

ダイエットサポート/5回

コース写真

1名 40,000円(税抜)/5回

各回 60 分

5回分 最大有効期間2日

人前では恥ずかしい、軽い運動で良いという初心者のお客様向け。ご自宅まで運動ツールをお持ちいたします。 (横浜・桜木町駅、徒歩5分圏のみ)

持ち物

フィットネスウェア、シューズ、タオル、ドリンク

ジム

プロフィール

群馬県高崎市生まれ。共働き家庭だったため、お婆ちゃん子として育つ。

祖父母が貧しかったため、「孫にはひもじい思いをさせたくない」という思いが裏目に出て
肥満児となり、小学生で体重60kgを超える。

小学校低学年では、いじめも体験する。
そのため、強くありたいという気持ちが、のちにボディビルや格闘技にのめり込む切っ掛けになっている。

中学では剣道部に入り、一時は標準体形まで戻るものの、高校では美術部に在籍。
再びリバウンドが始まり、毎年10kgずつ体重が増加する。

その後、大学受験に2度失敗。暗い二浪生活を送り、「自分には社会的な価値がない」と
鬱屈した毎日を送り、人間不信まで陥る。
なんと、体重は過去最大107.5kgに。

そしてある日、転機が訪れる。
友人に「デブ!」と茶化されたことではなく、別の友人の「おい!やめろよ!可哀想だろ!」
の言葉に衝撃を受け、ダイエットを決意。
その後、人生は大きく変わることになる。

当時は、ダイエットの知識ゼロ、技術ゼロ、器具ゼロのトリプルゼロ。
もちろん、30年前にインターネットがあるはずもなく、ノウハウを調べることも、サプリメントを買うこともできない。
だが偶然、当時ではまだ珍しいボディメイクの本に巡り合う。
現代では、ダイエットの時にウェイトトレーニングや食事管理をするのはあたり前とされているが、
当時は、走ればやせるとか、怪しい健康食品の全盛期。
「本当に正しい情報」を知ることができたのは、まさに奇跡に近い経験となった。

当時の運動や食事管理は、かなり適当な方法ではあったが、半年が経過した結果。
体重は34.5kg減り、107.5kg→73kgへ。毎月6kg、毎週1.5kgずつ減り続けたことになる。

見た目は、ほぼ別人に。
また、変わったのは気持ちも同様。自分に自信がつくことで、性格も明るく、社交的になる。
更には、見かけだけでなく、内面も含めて本当に強くありたいと、格闘技の道に進むことにもなった。

正に、ライフチェンジ(人生が変わる)の経験となる。
その後、会員として入会したフィットネスクラブで、スタッフとしてヘッドハンティングされ、トレーナー業をスタート。
25年間で、延べ10000人以上の指導を担当し、また大手フィットネスクラブのダイエットプログラムやボディメイクプログラム、
姿勢矯正プログラムを開発・監修する。
更には、スタジオインストラクターの養成・研修も手掛け、その数は延べ75000人を超える。

自分と同じように、お客様のダイエットやボディメイクをサポートすることで、
人生に貢献できることに生きがいを感じ始める。
フィットネスをライフワーク(人生をかけて行う仕事)とした出発点になっている。

自己PR

はじめまして。
プロフィールをご覧いただきまして、ありがとうございます。
私、パーソナルトレーナーの高田洋史(たかだひろし)と申します。

スタートは1993年、まだ日本にパーソナルトレーナーという言葉もない時代に、指導をスタートしています。
その後、スイミングやスタジオレッスン、フィットネスクラブの経営やプログラムの開発など、
フィットネスに関わる仕事ばかりを行って来ました。

そんな私がなぜ、人生の折り返し地点で、スタート地点だったパーソナルトレーナーに回帰したのか、お話させてください。

人間、欲が出るようで、ダイエットでライフチェンジした後、私は各種格闘技やボディビルにチャレンジしています。
そして、73kgまで落ちた体重も、また88kg(+15kg)まで増えています。
(でもそれは脂肪ではなく、筋肉です)

もちろん、好きでやっていたこともあるのですが、実は、やりたくなくてやっていたこともあるのです。
意味が解りませんよね?(笑)、その理由は私の信条にあり、
「パーソナルトレーナーとして人に指導する以上、自分でやっていないことを指導してはいけない」
という枷(かせ)をかけているせいなのです。

いま、ちまたにパーソナルトレーナーは山ほどいます。
中には、自分で知りもしないこと、やってもいないこと、摂ったこともないサプリメントなどを
平然と人に勧めている人も少なくありません。
正直私自身も、指導者としてはまだまだです。
でも少なくとも、クライアント(お客様)に嘘をつくことは、していないつもりでおります。
「人に指導する立場の人間は、十知って、一話す位でちょうど良い」
これも、私が肝に銘じている言葉の一つです。

これまで25年間、フィットネスクラブの経営やプログラム開発にも従事いたしましたが、
その業務内容は、パーソナルトレーナーとは大きく異なります。
歩くことでいうと、
パーソナルトレーナーは、1人を100歩進ませる仕事
経営やプログラム開発は、100人を1歩進ませる仕事
薬でいうと、
パーソナルトレーナーは、処方薬(医師)
経営やプログラム開発は、大衆薬(薬局)
となるのです。
つまり、たくさんの方にフィットネスを提供することが可能であり、
これは、パーソナルトレーナーには決してできない仕事だったのです。

でも、スタートは自分のダイエットだったフィットネスライフも、もう30年。
そういうことは、もういいかな・・・と、ふと思ってしまったんです。
正直に申し上げますが、私はけして特別ではありません。
才能があった訳でもありません。
どちらかと言えば、落ちこぼれです。
本当にゼロベースのスタートで、たくさんの苦労や間違いをして来ました。
それが全て無駄だったとは思いませんが、あなたには同じ思いはして欲しくないのです。

仕事には2種類があると言われ、食べるために働く仕事をライスワークと言います。
そして、自分の人生をかけて行う仕事をライフワークと言います。
後者として選ぶ仕事は、自分の幼少期の後悔やトラウマが元になっており、それを社会に還元したいことが多いと
言われています。
私は幼少期、ずっと肥満児でした。そしていじめにも会いました。
そしていまは私は、同じような境遇で悩んでいる方を見ると、黙って見ていることはできないのです。

・私が変われたように、あなたも変われる。
・もし失敗しているのであれば、悪いのはあなたでなく、あなたの方法である。
・その正しい方法を、私はあなたに提供できる。

これが、私がパーソナルトレーナーに回帰した理由です。

どうぞ、私をあなたのホームトレーナーにしてください。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

指導実績25年、確実に結果へ導くパーソナルトレーナー
Clever Fit 代表 高田洋史

経歴

・1988年
ウェイトトレーニング開始
6ヶ月で34.5kgのダイエット達成
剛柔流空手を始める

・1989年
神奈川工科大学 機械工学科 入学
極真空手を始める
フィットネスクラブで指導開始

・1991年
極真空手部部長を務める
神奈川工科大学神武会総長を兼任する 
※神奈川工科大学武道関係会
極真空手学生大会ベスト16位
神奈川県寒川市ベンチプレス大会1位

・1993年
(株)ピープル入社 ※コナミスポーツ&ライフ
パーソナルトレーナーを開始
クラブインクラブ(格闘技サークル)を開始
スタジオレッスンを開始
スイミングレッスンを開始

・1996年
最年少マネージャーとして配属される。
ダイエット指導売上月200万達成(店舗数値)
クラブ低退会3%達成
レスミルズトレーナー業を開始 ※ボディパンプ
・1997年
全日本整体術学院 整体師資格取得
整体施術を開始

・1998年
クラブ単月入会400名達成
全国のレスミルズモジュール、ワークショップを担当海外視察へ招待される(シカゴ、ニューヨーク)
・1999年
最年少支店長として配属される。
海外視察へ招待される(ニュージーランド)

・2001年
本社品質本部へ配属される。
レスミルズトレーナー業を兼任 ※ボディコンバット

・2002年
オリジナルブランドマシンの開発協力
オリジナルIT健康管理システムの開発協力
全国の品質会議運営を担当
本社人事本部へ配属される。
フィットネスの教育システム・資格制度を担当
全国(東日本)の教育・資格認定を担当

・2006年
社内公募制度により、本社プログラム開発部へ移籍
格闘技系プログラムリリース

・2010年
ボディメイク系パーソナルプログラムリリース
総合格闘技に復帰、ZSTプレステージ出場
アマチュアグラップリングオープントーナメント準優勝
開発部門として、社内表彰を受賞

・2012年
レスミルズジャパンボディパンプヘッドトレーナーを務める
ボディビルを開始
米軍横須賀基地大会、北区オープン出場

・2014年
レスミルズジャパンディレクターを務める。
レスミルズジャパントレーニングマネージャーを兼任する。
レスミルズサミットへ参加(ニュージーランド)
・2016年
現役引退を決意。
パーソナルトレーナー、フィットネスクラブコンサルタントとして活動する。

保有資格

・NSCA-CPT(National Strength and Conditioning Association-Certified Personal Trainer)
・日本体育施設協会 トレーニング指導士
・全日本整体術学院 整体師
・健康長寿医療センター 介護予防主任運動指導員
・日本フットフェア技術協会 スポーツシューフィッター
・BSACライフセーバー、アメリカ赤十字協会、日本消防局救命講習
・Lesmillsインストラクター
・VIPRインストラクター
・米軍厚木、横須賀基地NWRスタッフ